朝鮮王朝
月江祠
全羅北道長水郡長渓面道장골길37-6
地図で見る場所紹介
月江祠は壬辰倭乱が起きると全羅道東北方面の防御任務を担った前長水縣監・崔慶会将軍が倡義所(暢義所)を設けて義兵を募り兵士を訓練し、将台を築いた場所である。将台とは高く築いた台で指揮する将軍が上って命令を下した場所である。崔慶会は壬辰倭乱時の義兵将で全羅南道の綾州に生まれた。明宗16年(1561)に生員試に合格し、1567年に科挙に及第した。壬辰倭乱が起きると義兵を募集して日本軍との戦闘で大きな功績を立てたが、晋州城が陥落すると南江に身を投じて節概を守った。ここは純祖28年(1828)に礼曹の認可を得て祠堂を建て、高宗5年(1868)に撤去されたが、光復後に再建された。内部には靖愼齋白藏・退休齋宋玄山・損齋金南澤・一休堂崔慶会の四人の位牌が奉安されている。