
近代(開港・大韓帝国)
甑山姜一淳誕生地
全北特別自治道井邑市徳川面新松길 64
地図で見る場所紹介
この地は、旧韓末の大宗教家・甑山・姜一淳(1871〜1909)が生まれた場所である。生誕地である新月里の新松村は晋州姜氏の同族集落をなした所で、彼の号である甑山は村の裏手の甑山(シルサン、甑の山)に由来する。甑山が活動した時期は、対外的には西勢東漸の危機の中で多くの弱小民族が帝国主義の侵奪に喘ぎ、対内的には三政の紊乱など腐敗した支配層の虐政に苦しみ、この地の民衆が苦しめられていた時であった。甑山は幼い頃から性格が円満で並外れて聡明であり、極めて小さな昆虫さえ害さないほど好生の徳が篤かった。彼は早くに東学農民運動の失敗を目の当たりにした後、1897年から3年間、全国をあまねく巡って民衆の悲惨で暗澹たる現実をつぶさに見た。そして無道の病に陥った世の混乱を克服する方法は、ただ天と地の秩序を新たに改めることだけだと考え、1901年から1909年までの9年間、解冤相生の真理で天地公事を行いながら多くの教えを伝えた。彼は相生と人尊、平和の思想を主唱し、その後、甑山の教えは日本統治時代に彼を信奉した無極道、普天教などの民族宗教や民族運動に大きな影響を及ぼした。近年の学者たちの綿密な研究の結果、ここ436番地が甑山の生家跡であることが確認され、彼に対する歴史的・文化的評価が反映され、2021年に井邑市郷土文化遺産に指定されて以来、2024年に全北特別自治道の宗教文化遺産(第1号)に選定された。(出典:井邑市文化観光)