
三国時代
益山双陵
全北特別自治道益山市石旺洞双陵길65
地図で見る場所紹介
全羅北道益山にある古墳で、南北2基の墓が並んで位置することから双陵と呼ぶ。墓内部の構造は百済後期の横穴式石室墓で、墓の封分と石室の大きさが大きい北側を大王墓、南側の小さいものを小王墓と呼ぶ。大きさはやや異なるが、2基とも円形の封土墳で土を高く積んだ封分以外に特別な装飾がない。1917年に調査した当時、墓はすでに盗掘されており遺物が残っていなかった。幸い大王墓の中で木製の棺の一部が発見されて元の姿どおり復元できた。その結果、棺は底面より上面が若干広く、蓋の上面が丸みを帯びていたことが判明した。また棺環には8枚の花びらを持つ연花문様があることも確認された。2018年(大王陵)と2019年(小王陵)に学術発掘調査を実施した。大王陵の調査から、사비기 백제왕릉급의 판축 기법을 사용한 봉분임을 확인,石室끝에서 人骨조각을発見,분석결과骨의추정나이가무왕의사망나이와비슷하여무왕릉임을뒷받침한다。