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歴史探訪
慶州法興王陵
三国時代

慶州法興王陵

慶尚北道慶州市孝峴洞

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場所紹介

新羅第23代法興王(在位514〜540)の陵と推定される。法興王は新羅を中央集権的な古代国家体制へと完成させた王で、王権強化のために上大等と兵部を設置し、520年に律令を頒布した。532年には金官加耶を併合して洛東江流域に初めて進出した。新羅初の独自年号「建元」を使用し、中国・梁への遣使も行った。527年の異次頓の殉教を機に仏教を国教として受容し、古代国家の思想的基盤を整えた。高さ2m・直径14mで三国時代の新羅王陵としては小ぶりな部類に入る。法興王以前の王陵は平地の古墳群に密集して場所の特定が難しいが、それ以降の王陵は丘陵や郊外に2〜3基ずつ点在し所在記録も残る。この変化の始まりを法興王陵に見ることができ、重要な史跡とされる。