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歴史探訪
万石洑址
近代(開港・大韓帝国)

万石洑址

全北特別自治道井邑市利平面下松里

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場所紹介

ここは万石大橋と堤防の間に位置する、古阜郡守・趙秉甲が築いた万石洑の跡である。洑とは、田に水を引く目的で堰を築き、川の水を溜めておく所をいう。新泰仁から古阜へ向かう地点の東津江を渡る橋の下流には、堰堤を築いた痕跡が残っている。周囲には広く肥沃なペドゥル平野が広がっている。この広い平野で1万石にもなる多くの米を収穫できるとして万石洑と名付けられたが、飢え、搾取されねばならなかった農民たちの怒りが込められてもいる。もともと井邑川の上流には農民たちが自発的に作った民洑があった。ところが1893年に古阜郡守として赴任した趙秉甲が民洑の下に万石洑を築きながら農民たちを強制的に働かせ、持ち主の許しもなく大きな木を伐って使った。また洑を築いた後には水税の名目で多くの税を取り立てた。結局1894年、趙秉甲の暴虐な政治と過重な税に苦しんでいた農民たちは万石洑を取り壊した。これが東学農民革命の発端となり、1973年にこの場所を記念するため事跡碑が建てられた。周辺の観光地として万石洑革罷碑、浄土寺、井邑新泰仁市場、馬項市場と柿の木がある。