
朝鮮王朝
彰烈祠
忠清南道扶余郡九龍面金沙里
地図で見る場所紹介
扶余郡九龍面にある祠堂で、朝鮮中期の忠臣・三学士と呼ばれる尹集・呉達済・洪翼漢の位牌を奉安している。粛宗43年(1717)に建立され、景宗1年(1721)に国王から「彰烈祠」という現板が下賜された。興宣大院君の書院撤廃令でも毀損されなかった。祠堂建物は正面5間・側面3間で、切妻屋根を持つ。仁祖14年の丙子胡乱の際、三学士は清国の使節を生かして帰すなとの反対意見を主張したが、翌年南漢山城で三田渡の屈辱を味わうことになり、その後三学士は清に連行された。清の太宗自らが彼らを尋問し説得を試みたが、彼らは激しい拷問に耐えながら最後まで斥和を主張し、遂に瀋陽で処刑された。清の太宗もその気概を称え、後世の人々も彼らを三学士と呼んで高い忠節と気高い死を讃えた。周辺には扶余金沙里聖堂・清逸祠・洪山郷校・扶余上川池がある。