
近代(開港・大韓帝国)
弼雲洞洪建翊家屋
ソウル特別市鍾路区弼雲台路1길 14-4
地図で見る場所紹介
弼雲洞・洪建翊家屋は、木造瓦葺きの5棟の建物と後庭の一角門1基、円形の石造井戸1基などから構成されている。この家屋は白沙・李恒福(1556〜1618)の邸宅と言い伝えられてきたが、1934年に同じ敷地にあった既存の家屋を取り壊し、1934年〜1936年に洪建翊によって新築された建物と考えられる。この家屋が洪建翊によって新築される以前、当該敷地(総467坪)には訳官出身の開化思想家・高永周(1839〜)と、乙巳勒約の締結に最後まで反対した大韓帝国の参政大臣・韓圭卨の外孫である沈載弘が居住しており、1934年に洪建翊が敷地を買い入れた後、1936年まで現在の建物群を新築した。洪建翊家屋は、浅い丘陵で狭く形成された敷地を適切に段に分けて建物が配置されている。前から後ろへ、大門と門長屋、行廊、舎廊と中門長屋、母屋、別棟などの建物が順に置かれている。(出典:国家遺産庁)