アプリでまとめてアプリを入手
K-Story TrailK-Story Trail
歴史探訪
三判書古宅
朝鮮王朝

三判書古宅

慶尚北道 榮州市 가흥동

地図で見る

場所紹介

慶北栄州市佳興洞に位置する三判書古宅は、高麗末・朝鮮初に三人の判書が住んだとして付けられた名である。高麗恭愍王のとき刑部尚書を務めた鄭云敬と、その婿である工曹判書の黄有定、黄有定の外孫である吏曹判書の金淡がこの家の主人であった。鄭云敬は鄭道伝の父で、三判書古宅は鄭道伝の生家として伝えられることもある。三判書のうち金淡は朝鮮最高の天文学者と評される人物で、20歳で科挙に及第した後、16年間、国立天文台に相当する簡儀台で天体を観測し、七政算内外編など数多くの天文・暦書を編纂した。七政算は中国の北京ではなく漢陽を基準に制作したわが国初の自主的な暦法として高く評価されている。彼の子孫は代々この家で暮らした。鄭道伝のほか、司憲府持平の黄悛、集賢殿校理の金鍾など多くの学者や名臣が輩出し、彼らはみな三判書の子孫である。この家はもともと九成公園の南側(現・栄州市431番地)にあったが、1961年の大洪水で傾いて結局撤去され、2008年に西川を見下ろす眺めの良いこの地、亀鶴公園の中に現在の姿で復元された。三判書古宅の裏手には朝鮮時代初の地方公立医療機関である済民楼があり、車で11分の距離に高麗時代の地方民の教育と教化を担った栄州郷校がある。