
現代
永光亭
全羅北道淳昌郡双峙面屯田里
地図で見る場所紹介
永光亭は全羅北道淳昌郡にある日本統治時代に建てられた楼亭(楼閣と亭子)である。双峙面の始山里から中安マウルへ向かう道の脇、川のほとりの崎竜岩の上に位置する。正面1間・側面1間の八作瓦家。1910年に韓日合邦条約が締結されると、当時この地方に住んでいた琴翁金元重は志を同じくする7名の同志たちと意図的に狂人を演じながら秘密裏にここを根拠地として頻繁に集まり義兵を募集し物資を準備して抗日闘争活動を展開した。1921年6月27日に抗日運動の集会場所であったこの地に8人の愛国同志の志を高く推し崇め亭子を建て、建物の軒先に太極八卦を刻んで亡国の悲しみを示し、建物の名を「永光亭」と命名した。1950年6・25戦争の際に双峙面内のすべての建物は完全に焼け落ちたが、唯一この永光亭だけは焼失しなかった。ただ、6・25を経て建物にあった27個の現板(현판)だけが消失した。その後1975年に淳昌郡が修繕し、1991年には道路(潭陽〜井邑間)拡張工事で건물의 피해를 막기 위해 해체 복원하여 현재에 이르고 있다。