朝鮮王朝
睡雲亭
全北特別自治道任実郡新徳面金井街62-5
地図で見る場所紹介
睡雲亭(수운정)は朝鮮哲宗13年(1862年)4月、この金井里に住んでいた慶州金氏の睡雲(수운)金楽顕(김낙현)という人物が建てた。正面3間・側面1間の規模で、屋根は入母屋造。金楽顕は慶州金氏桂林君金均の15代孫で、星運・星弘・星徹の三男がいたが、星運・星弘の二男が亡くなると悲しみを抑えられず、渓辺の陽当たりの良い場所に亭子を建て自然と友になり逍遥した。慶州金氏がこの金井里に移ってきたのは桂林君金均の9代孫の金載五が三渓面石門洞からここへ移住して以来代々世居している。その後行人たちがここを訪れ秀麗な自然を友に詩を詠み交流し、その詩句が扁額として掛けられている。6・25当時村が全焼したが睡雲亭のみ焼失せず保存されている。日帝下では日本人が扁額を数枚持ち去ったという。