
日本統治時代
新興寺(尚州)
慶尚北道尚州市化北面中伐2길32
地図で見る場所紹介
慶尚北道尚州市の新興寺(シヌンサ)は、安楽行・金教順菩薩によって1925年に建立された。境内には新興寺の由来を記した「金教順女史舎利及新興寺創建碑」(1970年)と浮屠がある。この碑文によれば、金教順は1881年(高宗18年)に慶北・醴泉に生まれ、21歳となった1901年に報恩の俗離山で龍虚禅師から菩薩戒を受け、仏名を安楽行と称した。その後、新興寺を創建して四天王門をはじめ、七星閣・薬師殿・大雄殿などの仏事を成し遂げた。また金氏は法堂建立後の1926年1月、いわゆる菊花紋事件に連座したが、これは日本統治時代に日本の天皇のみが用いることのできる菊花紋様を桟に入れたという事件で、大邱裁判所に収監中に20日間断食して念仏を唱え、日本人の警部たちを驚かせたという記録がある。翌年釈放された後は、衆生救済と念仏・参禅に一貫したという。新興寺には薬師如来坐像と幀画、民画2点があり、丹青の姿が他の寺とは異なる独特な文様の素朴さを持つ寺である。近隣には俗離山国立公園と沙潭観光農園がある。