朝鮮王朝
申義淵孝子閣
全羅北道鎭安郡白雲面平路길117
地図で見る場所紹介
白雲面平章里から平章小学校を過ぎて約1kmほど上ると、元老村と下馬峙に分かれる分かれ道の脇に申義連孝子閣がある。朝鮮時代に生きた孝子・申義連の孝行をたたえ、手本とするために建てられた。鎮安郡白雲面蘆村里に住んでいた居昌申氏の申義連は、壬辰倭乱が起こると、武愍公・黄進、健斎・金千鎰とともに出兵することにしたが、父の臨終が近づき、出兵の約束を守れなかった。その時、倭兵の大将が、朝鮮は忠孝の精神が強いというが、申義連が本当に孝子かどうか検証するため、「孝子」と紙に書いて火をつけたところ、紙が燃えずに天へ昇っていった。これによって倭兵は申義連が孝子であることを知り、危害を加えず生かして助けた。その後、宣祖がこの事実を伝え聞いて孝子旌閭を下し、子孫たちは彼の孝行をたたえて永慕亭を建てた。永慕亭は孝子閣前の川辺、栄山江を見下ろす欅の森の中の景色の良い所に建てられている。