
古朝鮮・青銅器時代
扶余松菊里遺跡
忠清南道扶余郡草村面先史路225番길54
地図で見る場所紹介
扶余松菊里にある青銅器時代の住居跡遺跡です。川と平地に隣接した低い丘と台地の上に100基以上の住居跡があると推定されます。住居は平面形態により円形のものと長方形のものがあります。円形住居は30〜150㎝の深さで地面を掘り(竪穴式住居)、一方の壁を浅く掘って入口を作ったようです。炉跡は発見されていませんが、多数の貯蔵用穴が発見されました。床の中央に約1mの楕円形の穴を掘り、その中にいくつかの丸い穴を作っています。方形住居は30cm未満の半竪穴に近い地上式で、柱穴は発見されていませんが礎石のある発達した家の形をしています。住居内からは土器と石器が多数出土しました。土器は無文土器・紅陶・黒陶が出土し、無文土器は底が平たく長い卵形の胴体、頸のない外反する口縁を持ち、松菊里式土器と呼ばれます。石包丁・石鏃・紡錘車・石斧をはじめ多様な石器も出土しています。多量の炭化米と焼けた板材が出土し、遼寧地域のものに似た銅斧の鋳型(銅斧用范)も発見されました。出土遺物から紀元前7〜6世紀以前に農耕と狩猟に基づく人々によって築かれたと推測され、青銅器時代の生活を示す重要な資料です。