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歴史探訪
井邑宝花里石造二仏立像
三国時代

井邑宝花里石造二仏立像

全羅北道井邑市小城面宝花里 116

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場所紹介

全北特別自治道井邑市の野山中腹に並んで立つ2体の石仏立像である。百済時代の仏像で、百済最南端に造成された花崗岩の石仏であること、右肩を露出した偏袒右肩(へんたんうけん)の着衣法を示すことで意義が大きい。右の大きな仏像は、後ろの光背が壊れ台座の下部を失った以外はほぼ完全な姿をしている。民頭(滑らかな頭)に髷状の肉髻が盛り上がり、百済時代の仏像である扶余郡守里石造如来坐像に酷似する。仏像の彫刻様式も扶余郡守里石造如来坐像や泰安東門里磨崖三尊仏立像と同系統の百済仏像との類似点を示す。最大の特徴は偏袒右肩(うけんへんたん)で着ている仏衣である。右肩を露出したまま大衣を着ており、僧脚岐と下裙も見られる。右腕がなくなった小さな仏像も大きな仏像と同じ特徴を示している。三国時代末から登場する偏袒右肩の着衣法は、新羅の三曲姿勢の金銅製如来立像を中心に広く流行した形式として知られているが、この石仏の発見により百済でも早くからその着衣法があったことが確認された。製作時期は百済末期の7世紀中葉と推定される。