三国時代
米岩寺(扶余)
忠清南道扶余郡内山面聖忠路米岩길128
地図で見る場所紹介
米岩寺(ミアムサ)は大韓仏教大覚宗に属する寺で、切り立った絶壁をなす岩壁から米が出るという伝説を持つ境内の米岩(コメ岩)に名の由来がある。米岩寺は602年に観勒が創建したという説もあるが、確認されてはいない。米岩寺は火災で幾度も焼失した後、1967年に再建された。1975年には米岩の前に正面3間・側面2間の法堂と寮舎を建て直したという。米岩寺が今日のような寺勢を備え始めたのは、1996年に宗団を大韓仏教法華宗から大韓仏教大覚宗に変え、講堂兼法堂1棟と寮舎2棟、龍王殿1棟を造成した1997年以降である。米岩寺の入口には道に沿って250体の金仏像が立ち、続いて仏陀の真身舎利塔もある。境内に入ると雄壮な姿の臥仏がまず目に入るが、内部の法堂に2万体の仏像が安置されている。臥仏の上方には小さな土窟の中の龍王殿や、池の中の文殊童子の彫像、達磨像大作碑などが立っている。臥仏の横には扶餘楮洞里(チョドンニ)米岩と呼ばれる岩壁がそびえ立ち、岩の手前には本来の山神閣の建物を観音殿として再整備してある。