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歴史探訪
慶州脱解王陵
三国時代

慶州脱解王陵

慶尚北道慶州市東川洞

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場所紹介

慶州東川洞にある松林に囲まれた新羅第4代脱解王(在位57〜80)の陵と推定される墓。形式的には一般的な土封墳だが、新羅初期の王陵、特に初めての昔氏王陵という点で重要である。高さ4.5m・直径14.3mの円形封土墳で、周辺に付帯施設はなく、外見上横穴式石室墓(横穴式石室墓)と推測される。王陵入口には脱解王を祀る崇信殿がある。脱解王は新羅初の昔氏王で62歳で即位し24年後に崩御。伝説によれば、倭国から東北に千里離れた多婆那国(または宛夏国・龍城国)の王妃が7年の懐妊の末に大きな卵を産んだ。不吉なこととして卵を木箱に入れて海に流すと東海の阿珍浦に流れ着いた。老婆がこれを開けて赤子を見つけ育てた。船に鵲が鳴いて追ってきたので鵲の「鵲」から鳥偏を取って「昔」を姓とし、箱を解いて出てきたことから「脱解」と名付けたという。