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歴史探訪
天道教中央大教堂
日本統治時代

天道教中央大教堂

ソウル特別市鍾路区三一大路457(慶雲洞)

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場所紹介

天道教の中央教堂で、宗教儀式や一般行事を行う場所である。天道教の第3代教主であった孫秉熙の主管で、1918年に施工して1921年に完工した。教人たちから浄財を集めて工事費に充てたが、工事費で余った金は3・1運動の資金として使われた。独立運動基金を集めるため、大教堂建築という名分を掲げて1918年4月に建築工事を始めたが、翌年に天道教が3・1運動の中心団体として活動しながら建築費を独立運動資金として使うことになり、工事が遅れた。ここでは天道教の宗教儀式のほかに各種政治集会、芸術公演、講演会など一般の行事が開催されたが、当時この建物は比較的高く雄壮で、明洞聖堂、朝鮮総督府の建物とともにソウル市内の三大建物に数えられた。3・1運動の前後に建てられたため、この建物は天道教の輔国安民の旗印を象徴することになった。建物は赤煉瓦を主材料とし花崗石を混ぜて使い、色と質感の調和が優れている。韓国の近代建築ではめったに見られないゼツェッション(Secession、分離派)様式の建築である。これは日本人の中村与資平がドイツ人建築家アントン・フェラーを職員として採用することで、ドイツの建築思潮に触れたことから大きな影響を受けたものである。1階と2階の翼の部分には事務室があった。建物の本体は内部の柱がない講堂形式の大集会室になっており、これは相当な幅の空間を覆うことができる高い水準の構造的解決方法が適用されたものである。